おかげさまで東海汽船は、
2019年11月に
創立130周年を迎えました。
心より御礼申し上げます。

MESSAGE

東京諸島ゆかりの方々からのメッセージ

PHOTO CONTEST

130周年記念フォトコンテスト

東海汽船や各島のお気に入りの写真をハッシュタグ
「#東海汽船はいいぞ」を付けてInstagramで投稿しよう!
メールでの応募もOK!

2019年8月30日(金)
応募締め切り!

入賞者には
「東海汽船特等往復ペア乗船券」
など豪華賞品をプレゼント!

創立130周年のごあいさつ

当社は1889年11月に創業してから、今年で創立130周年を迎えます。この長きに亘り会社が継続して来られたのは、当社の船を利用いただいたお客様をはじめ、株主の皆様、諸先輩方、従業員の皆様、そのほか関係先の皆様の絶大なご支援の賜物であり、心より深く感謝申し上げます。

今後も、これまで培った歴史と伝統、安定基盤を糧に、東京諸島、当社の未来創造に向かって粘り強く邁進していく所存です。今年のスローガン「Revolution 2019」のもとに、独創的で革新的なチャレンジへの取組を加速させてまいります。

まず初めに、新しい船の建造です。さるびあ丸に代わる新しい大型船は、約6,200トンとなり、安定した運航とエネルギー効率の向上、また環境負荷の低減やバリアフリーに対応したエコシップとして、来年2020年6月に就航いたします。また、ジェットフォイルは当社所有の4隻のうちの1隻「セブンアイランド虹」の代替として、同じく2020年の7月に就航予定です。ジェットフォイルは国内での建造が実に25年ぶりとなります。この2隻のカラーリング、デザインは、美術家の野老朝雄氏にお願いしております。船のデザインでも注目を集め話題になると共に、2隻の就航が船旅の魅力を更に高め、東京諸島への観光の新たな起爆剤になると確信しております。

また、ここ数年取り組んでおります東京~八丈島航路と東京~神津島航路を大島で結ぶ航路の多様化、東京湾・駿河湾を拠点としたジェットフォイルによる新規航路開拓、プラネタリウムアイランドなど新たな商品企画への取り組みなど、首都圏から抜群のアクセスを誇る、自然あふれる東京諸島を、より多方面から幅広くPRしてまいります。

130年という一つの到達点ではありますが、同時に新たな歴史のスタート地点として、グループ全体で気持ちを新たに、フレッシュな心構えで進んでまいります。

今後も引き続きご支援、ご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。

代表取締役社長

明治時代に創業した当社は度重なる災害や戦争、世界的な経済不振を経て、
2019年11月に創立130周年という大きな節目を迎えます。
東京諸島と歩んだ130年の軌跡を、主な出来事や船舶と共に振り返ります。
18891898
〜会社創立と航路の拡張〜
1889年(明治22年)

東京湾を運航する4つの海運会社が合併し11月14日に有限責任東京湾汽船会社が誕生。
営業開始日である11月15日を創立記念日として定めた。翌年1890年に株式会社となる。

木造船計25隻を使用し、東京港(霊岸島)~横須賀、三崎、木更津、千葉、館山航路を運航。

第十三通快丸

第十三通快丸
1891年(明治24年)

社旗が誕生。当初は現在のものとは異なる、白地に赤十字のデザイン。

東京府の要請により、印鑑材料であるツゲ材輸送のため御蔵島への定期運航が開始。御蔵島を先駆けに三宅島、新島、大島と続き、各島への航路が開拓され現在に続く離島航路が確立。

第二徳山丸

第二徳山丸
1899年(明治32年)

月島に造船所を建造。1928年の閉鎖まで木造船13隻を建造した。

愉快丸

愉快丸
1913年(大正2年)

社旗が赤地に紺十字に変更され、情熱を意味する赤と海の青のデザインに。
現在までこのデザインが使用され続けている。

1923年(大正12年)

関東大震災により霊岸島の本社と桟橋、月島造船所が全焼。
再建設するが月島造船所は1928年に閉鎖。

霊岸島桟橋

初代橘丸竣工。主に館山航路を運航。

初代橘丸

霊岸島桟橋
初代橘丸
1928年(昭和3年)

営業方針を客主貨従に転換し島の観光に注力した。日航便(毎日便)が、東京~大島~下田に就航。

1933~35年(昭和8~10年)

客船葵丸(1933)に次いで二代目橘丸(1935)が竣工し、「東京湾の女王」の呼び名で親しまれた。

二代目橘丸

二代目橘丸
1933~36年(昭和8~11年)

大島と下田の観光開発により観光客が増加。ピーク時の1935年には27万2千人もの観光客が乗船した。

昭和初期の大島元村

昭和初期の大島元村
1935年(昭和10年)

東京湾納涼船の運航開始。当時は霊岸島~お台場沖~大森沖、羽田沖~横浜沖の航路を橘丸が運航した。運賃は大人90銭。

1936年(昭和11年)

霊岸島の本社火災や船舶の大型化により、本社と桟橋を芝浦に移転。

1937年(昭和12年)

日中戦争勃発

1938年(昭和13年)

国家総動員法が公布され、海軍の特設病院船として二代目橘丸が徴用。中国の揚子江上流、鄱陽湖(はようこ)にて空襲により沈没したが直ぐに引き揚げられ、修理後に返船され、上海~南京~漢口間の航路に就航した。

戦時中の橘丸

戦時中の橘丸
1941年(昭和16年)

太平洋戦争勃発
翌年、社名を「東海汽船株式会社」に変更。
戦時下の海運界再編成の流れを受け、汽船会社複数社を吸収合併する。

1945年(昭和20年)

空爆を受け、客船萩丸が大島近海に沈没。計16隻が戦時中の空爆等により大破・沈没。

萩丸

萩丸
1946年(昭和21年)

芝浦本社・桟橋がアメリカ軍に接収され月島へ本社・桟橋を移転。

芝浦本社

芝浦本社
1953年(昭和28年)

桟橋を竹芝に移転。本社は銀座移転(1954年)など計6回の移転を経て、1996年に現在のニューピア竹芝サウスタワーに。

旧竹芝桟橋

旧竹芝桟橋
1962年(昭和37年)

三宅島雄山噴火。

1965年(昭和40年)

・大島元町の大火事。元町市街地の約7割が焼失。
・大島温泉ホテルが開業。

創業当初の大島温泉ホテル

創業当初の大島温泉ホテル
1966~1973年(昭和41~48年)

離島ブーム到来。ピーク時の1973年には年間乗船者数が264万人にまで達した。

離島ブーム時の元町港

離島ブーム時の元町港
1968~1972年(昭和43~47年)

小笠原諸島の日本返還(1968年)を機に東京都の要請で東京港~父島~(母島)~(硫黄島)のチャーター運航を開始。

椿丸

椿丸
1969~1978年(昭和44~53年)

船舶の大型化を推進。
客船初代かとれあ丸(1969)、ふりいじあ丸(1971)、初代さるびあ丸(1973)、貨客船すとれちあ丸(1978)が竣工。

初代さるびあ丸進水式

初代さるびあ丸進水式
1977~1981年(昭和52~56年)

船舶の高速化を推進。
高速船シーホーク(1977)、シーホーク2(1980)、シーガル(1981)が竣工。

シーホーク

シーホーク
1982年(昭和57年)

第1回「マリンピック」を開催。各島でマリンスポーツの大会を開催し、以後1988年(昭和63年)まで毎年開催した。

1983年(昭和58年)

三宅島雄山噴火し、阿古地区が溶岩流で埋没。

三宅島の噴火

三宅島の噴火
1986年(昭和61年)

客船かめりあ丸就航。

かめりあ丸

大島三原山の噴火で全島民が避難。

三原山の噴火

かめりあ丸
三原山の噴火
1988年(昭和63年)

創立100周年事業 東京ヴァンテアンクルーズ株式会社設立。翌年、レストラン船ヴァンテアンが就航。

オープニングセレモニー

オープニングセレモニー
1992年(平成4年)

二代目さるびあ丸就航。当社初の5,000tクラスの船舶が誕生。

二代目さるびあ丸

二代目さるびあ丸
2000年(平成12年)
  • ・高速船アルバトロス就航。初めて柳原良平氏による船体カラーリングを採用。
  • ・東京湾納涼船に「ゆかたダンサーズ」が初登場。
  • ・三宅島の雄山噴火で全島民一斉避難。2005年に一斉帰島。

アルバトロス

アルバトロス
2002年(平成14年)

高速ジェット船導入。セブンアイランド愛、セブンアイランド虹、セブンアイランド夢が就航。

就航初日の高速ジェット船

就航初日の高速ジェット船
2003年(平成15年)

大島旅客自動車(バス)部門を分社化し、大島旅客自動車株式会社を設立。

大島バス

大島バス
2013年(平成25年)
  • ・高速ジェット船セブンアイランド友が就航。ジェット船が4隻体制に。
  • ・大島元町で大規模な土砂災害発生。

高速ジェット船4隻

高速ジェット船4隻
2014年(平成26年)

かめりあ丸の代替船としてハイブリッド船のスーパーエコシップ、三代目橘丸が就航。

三代目橘丸

三代目橘丸
2015年(平成27年)

高速ジェット船セブンアイランド夢の代替船として、セブンアイランド大漁が就航。

セブンアイランド大漁

セブンアイランド大漁
2019年
  • ・11月15日、創立130周年
    新造船2隻の船体カラーリングを手掛ける美術家の野老朝雄氏が創立130周年記念ロゴをデザイン。人と人、街と街、本土と島を繋ぐ、ということを、船で使用するロープの結び目で表現。

    創立130周年記念ロゴ

創立130周年記念ロゴ
2020
〜新たな歴史へ〜
2020年
  • 新造大型客船、新造高速ジェット船が就航予定
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